2012年11月14日水曜日

46

コーヒー豆を買うのは徳島市内。
毎朝、ペーパードリップで淹れる様にしている。

今の徳島を象徴するものの一つにコーヒーがあると思う。
徳島には、地方都市の割には昔から焙煎所が多く、
県民の最大公約数は、深入りとコクを求めると言われながら、
飲み易い口当たりが印象的な、 焙煎時の美意識というか、
ある種の方向性が特徴付けられるのではないだろうか。


日本国内でもスペシャルティ コーヒーが当たり前になり、
アメリカ西海岸ではペーパードリップ ブーム、
そして、オスロからも新しい波が聞こえてくる昨今、
徳島のコーヒーも独自の文化だと思っている。

ツーリズムに通じるコンテンツとして考えた時に、
香川での「さぬきうどん」に成りうるのは、
「たらいうどん」でも「徳島ラーメン」でもなく
「コーヒー」、もっと突っ込むと「焙煎所」だと思う。
地域ならではの特異性という部分はどれにも当てはまるが、
1回の訪問でいくつも比較でき、
わざわざ足を運ぶ事によって安く購入できる事で
アミューズメント性を帯びたというのが、
ツーリズムとしてのさぬきうどんブームの根幹を形成した
と考えると、やはり、コーヒーの焙煎所だと思う。

勿論、焙煎所の方々は格好良い大人が多いので、
「コーヒーでそんな事、やってくれるな」とおっしゃるだろう。
個人的にも、「阿波踊りコーヒー」とか「藍コーヒー」とか、
変な方向に行くのだけは勘弁して欲しいな。

2012年11月7日水曜日

45

徳島は藍の国だけれど、藍染めの国とは、ちょっと違う。
色々な所で誤解されている点だと思う。

勿論、日本最大の藍産地であった事は間違いないが、
藍を育て、すくもにして出荷するまでが徳島の大きな役割だった。
侍のよろい下から国鉄駅員のユニフォーム、はたまた大島紬まで、
時代を問わず、染料としての藍産地だったのだ。


全国に藍作りが広まる過程で、徳島の藍は高品質化を目指し、
1895年の記録では、他の日本の藍と比べて、
約3倍という高値で取引されながら、
全国の1/4という大きなシェアを誇っていた。
同時期に、安価なインド藍が輸入され始め、
国内の藍産業が陰り始めたのを見た徳島の藍商人は、
商売の多角化へ活路を見出し、乗り切ろうとしたが、
20世紀の頭に登場した藍の科学染料により、
壊滅的な打撃を受け、現在、すくも生産を行っているのは
ほんの僅かな方達だけになってしまった。

インド藍が入ってきた直後が、最大の収穫量を記録していたり、
財力を銀行や電気、鉄道などの産業に展開し、多角経営に乗り出し、
その後、行き詰まっていった様子は、正にバブルを思わせる。
産業の礎を築いた代わりに文化を失ったという2面性は、
様々な見方ができるし、功罪を問うのが困難だ。

ただし、現在でも藍作りが行われている、
数少ない地域である事は間違いなく、
伝統工芸の道を進んでいる事は疑う余地がないので、
その点に関しては、考える余地はあるのではないか。

個人的には、近年の藍を使用した高級な紬を買うくらいなら、
大正期の藍染古布を探す方が楽しいし、生活に使い易い反面、
生産効率と競合を考えると、一般の市場を無視した高級路線
に進んでいる現状も理にかなった考え方だと思う。
ともかく、広く使える物か、選ばれた人に向けた物か、
どちらか決めて、アクセルを踏み込まないと
藍産業の自然消滅が、本当に目の前まで迫っている。

2012年10月30日火曜日

44

今ひとつ、ピンと来ない徳島の郷土料理の一つに
「たらいうどん」というのがある。
元々は、きこりが川辺にかまどを作り、
そこで、うどんを茹でて食べたのがルーツで、
じんぞくというハゼ科の小さな川魚で出汁をとっていたという
非常に高いストーリー性を持っているのに、ピンと来ない。

昔から、徳島の土成ICと香川県白鳥町を結ぶ道路沿いには、
幾つもの「たらいうどん屋」が並んでおり、
お店に向かう際に、道路から少し川辺の方向に歩いて下っていく
ロケーションには否が応でも期待が高まるというもの。


加えて、たらいうどんがテーブルに運ばれてきた時の高揚感!
たらいの大きさと立ちのぼる湯気には声をあげてしまう。

ここまで完璧なのに、なぜピンと来ないのだろう。

問題は、ツーリズム、特にバスツアー客に絞り込んだ
導線や演出、メニュー構成が原因だと感じている。
ファサードのレトロ感は入り難さも醸し出している。
入り口を進むと、階段が多かったり悪路だったりするのは、
バスツアーの客層からもズレてきているのでは、と勘ぐってしまう。


そんな事を言いつつも、遠くから友人が来て、
どこかに遊びに行く時に、通り道なら連れて行ってあげたい。
アミューズメント性の高さから、絶対、喜んでもらえると思うから。

2012年10月15日月曜日

43

なんと仏生山温泉でペールエールが呑める!
そんな企画があると聞いたからには、
参加しない手は無い、という事で、
知人の用事に便乗し、峠を越え、徳島から高松へ。

仏生山温泉のエントランスに入ると、PUBが出現!
まずは駆けつけ一杯。
先に風呂に入ってくる、と湯船に浸かったものの、
ソワソワして、結局、30分経たずに出てしまい、
豆のカレーと一緒に風呂上がりの一杯。
更に、ひよこ豆をつまみにもう一杯。


そう言えば、四国で始めてペールエールを呑んだと思う。

高松駅近くのIrish Pub CRAICによる出張出店という事もあり、
長野のヤッホー・ブルーイングから、発売前のビールも頂けたり。
隣りになって喋った先客は、スタートの13時と同時に呑み始め、
僕が行った時には既に6杯目というご機嫌さん。
ここが地元なら、確かに1日中居たい、と思わせる良い空間だった。

因に、BAR VALERIANにも好物の箕面ビールが入荷したそうで
それにも興味津々で、高知に行く理由がまた一つ増えた。

共に地ビールがある地域なのに、お店はそれを選ばないという点は、
47都道府県の地ビールを発掘する様な企画に
全くのれない自分の様な人間には、とても自然に見える。

2012年10月12日金曜日

42

徳島県池田のきせるに行く度に気になっていた
「四国のおもちゃ」という本。

きせるにお邪魔する時は、いつも用事が立て込んでいて、
ちらちら横目で見ながらも、そのままになっていたのだが、
先日、やっと見せてもらう事ができた。


装幀が芹沢銈介というだけで、一部には相当な説得力だろうが、
中には、見た事ない魅力的なおもちゃが多数掲載されており、
是非、手に入れて、じっくり目を通したくなる内容である。

四国新聞社が出している事が影響しているのか、
香川のおもちゃが多彩で俄然興味が出たものの、
どこかに行けば、実物を見る事はできるのだろうか。

2012年10月11日木曜日

41

先日、徳島市内の友人宅にお呼ばれした時に、
東北から東京経由で徳島に移住した藍染め職人の2人に会った。

ビールと日本酒の一升瓶と一緒に現れた2人は、
肩の力の抜けた、でも、熱い思いを持った若者だった。

時期こそ違えど、東京の同じ施設で本藍染めをやっていた2人が、
上板の地域おこし協力隊として同じ場所で活動しているのは
偶然というには出来過ぎている。

随分と打ち解けた所で、一人が履いていたデニムパンツが
気になったので突っ込んだら、自作だと教えて貰った。


V字スリットやシンチバック、ダーツもいい雰囲気なのだが、
何よりもアールになったヒップポケットから覗く補強に興奮。

上板で本藍染めさせてもらえるそうなので、近々、行ってみよう。

2012年10月10日水曜日

40

田舎は嫌いではないが、非常に退屈だ。

自分から見える半径の中で行動し、
隣りと比べて優れている所が喜びで、
劣っている所はやっかんで中傷したりするのを見て、
そういう人達とはちょっと話が合わないと思って
地元を離れたのが18歳の時だったけど、
つい最近も同じ様な気持ちになる出来事があった。

それでも、田舎を嫌いになれないのは、
ポジティブに自分の生活を楽しく変えようと
それぞれの場所で動くたくさんの仲間にも会えているから。
とても嬉しいし楽しいし、昔と比べて決定的な変化だと思う。


距離感と規模を考えても、田舎は所詮、村社会だと思う。
そこに住む人の暮らしが何よりも優先されており、
自分自身も、勿論、そうすべきだと考えている。
今、仲間たちで共通認識として芽生えているのは、
その大前提の上に、風通しの良い場所になるのが
自分達にとって居心地がいいのではないかという感覚。
これはツーリズムとかいう話ではなく、もっと深層の話。
そして、その思いが繋がる事で、村同士が繋がり、
今までにない様な楽しさが生まれるのでは、と期待している。

villages are ALRIGHT

だからvillage"s"なんだし、
the whoの「the kids are alright」よろしく、
複雑な思いを内包したALRIGHTがしっくりきた。

2012年10月9日火曜日

39

ここ3年、10月頭の3連休は篠山にいる。
ササヤマルシェへ出店する為だ。

今まで色々な場所で出店してきたけれど、
こんなに楽しいイベントはないと色々な所で力説している。
過ごし易い気候で美味しい食に囲まれながら、
昼間からビール飲んで仕事ができるというのが理由ではない。
ただ、お客さんが多くて良く売れるから、というのでもない。

ともかく楽しい。

毎回3日間出店するので、夜も篠山で過ごす事にしている。
昼間の賑わいが嘘の様に静まる城下町を通り、
近くの温泉に行くのも楽しみの一つ。

今年は満を持して車中泊できるハイエースで乗り込んだが、
これまでは、地元の有志宅や農家宅などに
飛び込みで泊めて頂いたいた事もあり、
色々な繋がりができ、色々な話を聞けるのも貴重な経験だ。

どの地方でも、変化と維持のバランスがあり、思惑も様々。
だけど、篠山に行く度にうらやましく感じるのは、
隣りの芝生だからという訳では無いのは、
短い睡眠時間で会場を朝から晩まで駆けずり回りながら、
楽しそうに声をかけているスタッフを見る度に実感する。
いちいち、洒落っ気を忘れてないしね。

2012年10月3日水曜日

38

先日、愛媛の陶器作家さんを訪ねた。

もともと、宮田醤油の宮田くんから
購入した皿を数点、見せてもらっていたものの、
HPも無いし、常時販売している場所も無く、
工房も松山から1時間以上かかる伊方だというから、
なかなか、全体像を掴めずにいた。

しばらくして、きせるの吉田さんからも
同じ作家さんの違うお皿を見せてもらった上に、
お寺の僧侶さんもやっているとか、
砥部で数年間修行していたとか、
僕よりも若い世代だとか聞かされて、
気になってしまい、思わず工房まで押しかけたのだ。


迷いながら到着したので、昼時になってしまい、
何よりも先に、作家さんも行きたかったという、
しらす屋さんへ生しらす丼を食べに行く事になったが、
おかげで、初対面にも関わらず色々な話が聞けた。
食の力は偉大なり。


作りたい物も自分のペースもハッキリしている為、
今の時点では、クラフトフェアなどでの手売りが主であり、
どんどんと外に出す事には熱心でないそうだ。

白薬の釉薬からうっすらと地が透けて見える作品も多く、
アスティエ・ド・ヴィラッドなんかも意識しているのかな、
と聞いてみたが、あくまでアートではなく昨今の生活様式に
違和感なく使える雰囲気を、という返事が返ってきた。

幾つかの陶器を僕が代わりにササヤマルシェへ持っていくので、
色々な方の感じ方を聞いて、それをお土産にするつもりだ。

2012年9月29日土曜日

37

お隣、半田町には半田そうめんというのがある。
東京や大阪の大型スーパーに行けば1種類は並んでおり、
徳島を代表する名産品の一つだ。

始めての人は「ひやむぎ」みたいだと良く言うが、
それ位、麺が太いというのが特徴だ。
実際、JAS規格でそうめんと呼んでいいのは直径1.3mm以下で、
それ以上、1.7mmまではひやむぎという事になっている。
因に1.7mm以上はうどんという事になっているそうだ。
つまり、「半田そうめん」を「ひやむぎ」と言われても
頭ごなしに間違いとは言えないという事になる。

半田町には飲食店としての半田そうめん屋が無いというのも
昔から、非常に不思議に思っていた。
各社、原材料にこだわるが余り価格が下げられず、
飲食店には向いていないという話を聞いた事がある。

仙台の牛タンや高知のよさこいと同じで、
作ろうと思って作ったご当地名物の一つだと思う。


そう聞くと、がっかりする人も少なくないだろうが、
名ばかりの名産品なのかと問われるとそうではない。

子供の頃から、半田そうめんは良く買っていたし良く頂いた。
買う時も箱単位だから、実家では在庫を切らした事が無い程で、
実際、今晩もみそ汁の中に入っていた。
東京に出て暮らす友人の結婚式に行ったら、
特別メニューとして半田そうめんが出てきた。

こちらの人間なら、「ひやむぎ?」と言われたら、
即座に「半田そうめん!」と訂正するし、
全く別ものだと熱弁するだろう。
理由は「半田で作られているから」。

地元で愛される、疑う余地のないソウルフードだ。

雰囲気の良い籠に入った北室百扇の半田手延めんは、
太くし過ぎて「そうめん」と表記出来ない 。

でも、僕たち徳島県民の中では「半田そうめん」。
10月頭のササヤマルシェに持っていきます。

2012年9月10日月曜日

36

日曜日に三野スケートパークに行ってみると
15人くらいの人が集まって、思い思いに遊んでいた。

ここに来るとかなりの確立で会える人間の一人、
タロウはこの場所でスケートが出来る様にと
10年程前に声を上げた奴なのだが、
また、来年に向けて大きな事をしたくて動き始めたみたいだ。

神戸や大阪でよく呑み歩いていた時、
いつも会うけれど連絡先を知らないという知人が沢山居た。
クラブに行くのもバーに行くのも、
誰かを誘ってというのはほとんど無く、
現場に行けば人が人を紹介して広がっていった。
紹介してくれた奴の連絡先も本名も知らないのに、
そこから繋がった人とは仕事までする事になるとか、
なんせ街は面白い。

もう4・5回会って、色々と話し込んだりもしているけれど、
タロウの連絡先も本名もまだ知らない。


ランプの高さが伸びていたのが、現在進行形なココを物語る。

良い場所だ。

2012年9月6日木曜日

35

一二三のてるみちゃんに教えて貰ったのが最初。

脇町にある茶の小町は古民家そのもの。
座椅子に座って庭を見ながらゆっくりとお茶が飲める。
一人で行ったら必ずうとうとしてしまう位の空気感。


季節的に滑り込みセーフなスムージーの上には
入り口への導線横に生い茂っているミントが乗っていた。
ミントの隣りには青じそが、これまたわっさりしている。


僕が通っていた高校の直ぐ側にできたカフェを
神戸在住の歌い手さんから聞くのだから、
田舎の情報網はアテにならないし、面白いなあ。

2012年8月31日金曜日

34

阿波踊りの季節が終わった。


10代の後半、音楽を狂ったように聴き始めてからは、
阿波踊りは、それまでとは全く違った。

あんなに図太いドラム&ベースは、
20代半ばに訪れたロンドン以外では経験した事が無いし、
何より、街の至る所で、様々なグループが移動しながら
それぞれの音楽を奏で踊る様子はブラジルを連想させた。
行った事はないけれど。

TBSラジオの人気プログラム「ウイークエンド シャッフル」にて
ダンスミュージックとしての日本の祭が特集されたのだが、
そのトップを飾ったのは「苔作」。

自分の10代の頃の思いが、久保田麻琴さん経由、
大石始さん発信で、池田阿波踊りのイベント直前に全国へ。

今年も良い夏だった。

2012年8月24日金曜日

33

池田の銀座通りと言っても、もう、アーケードもない。
修繕より撤去を選んだそうだ。

古いものが無くなるのを悲しんだり、
歴史ある建物を「商品価値がある」ものと言う若い世代は多いが、
何でもかんでも創業○○年という文句の空々しさと
現実的にある費用対効果を考えると、変化は必然だとも思う。
その中で、残せる物は残す事で、街として息づくのではないだろうか。

今回のCURATION STOREの会場を
宮田醤油にさせてもらったのはそこが理由だった。

お客様からは「醤油屋って聞いてたけど、思ったのと違う!」
という驚きと、期待を裏切られて更に面白さが増したという
リアクションが返ってきて、してやったり。

古民家であるスペースきせると一緒に企画を行ったワークショップでは、
モダン建築の宮田醤油から寂れた街角を経て旧家を巡り、
そこら辺では阿波踊りの花あつめが行われているという、
時空の旅とも言える、ちょっと不思議な時間が個人的には楽しめた。

と、まあ、そんなにややこしく言わなくても


八千代の中華そばを食べるだけで良い。

池田の過去から現在。

食は偉大だ。

2012年8月20日月曜日

32

阿波踊りのある日の昼間には、
様々な蓮が商店を回り、踊りを披露する。
花あつめと言われる、昔からの習わし。
踊ってもらった商店はお包みやお酒、飲み物を渡すのだ。

CURATION STOREにも、いくつかの蓮が来てくれた。


店内で踊る。

偶然居合わせたお客さんも、何ともたまらないといった顔。
嬉しいとか楽しいとか感動したとかでもない、始めての感覚。
勿論、我々も同様。

WORKSHOPで街歩きをしている最中も
花集めや出陣の儀式に出くわしたりで、それもまた一興。

夜だけの為に街に出てくるのは勿体ない。
勿論、駅そばの公園で時間をつぶすだけなのも勿体ない。

あの、街の雰囲気が"ぞめき"なんだろうな。
体験しないと分らない。

2012年8月19日日曜日

31

B.W.C.クルーがせっかく関西からやってきてくれたので、
8時前から車で観光に。

吉野川にかかる生活用の徒歩専用吊り橋から始まり、
百年蔵で骨董品を観てもらったところで、
昼飯を何にしたいかで3つのコースを立ててみた。

1.かずら橋に行って、近くの祖谷美人の外の席に座り、
 祖谷蕎麦とでこまわしとあゆを食べてもらい、
 小便小僧方面を回り、祖谷温泉を紹介して池田へ。
2.かずら橋に行ってゆっくりしてから、
 west westに戻りにし利でとくしまラーメンを
 食べてもらい、池田へ。
3.猪ノ鼻峠から香川へ入り、
 山内を起点に2-3件讃岐うどんを巡り池田へ。

結局、前日から希望のあったとくしまラーメンへ。
それにしても、オープン時間である12時までに池田に戻る、
という限られた条件ながら、少し考えただけで、
これだけ多様な選択肢が浮かぶとは!


祖谷のかずら橋は渡らず。
奥の滝とその下の河原でおっさん達がはしゃぐ。
苔むした岩壁から生える
力強く美しいグリーンにも興味津々。

時間があれば通り道にあった
ローカルスーパー「歩危マート」も案内したかったけれど、
選ばないといけない程、行くべき場所があるというのは
ちょっと贅沢な感じだなあ。

2012年8月17日金曜日

30

池田の阿波踊り期間は18時30分くらいから交通規制がかかる。
その前後には駐車場がどんどんと埋まってくる事もあって、
CURATION STOREの閉店間際はゆったりとした時間が流れた。


メインのアーケード通りから少し入った場所にある
会場である宮田醤油の前の道は、
阿波踊り期間中とはいえ、 人通りは多く無い。

地図を片手にわざわざ探しながら、
沢山の方がこの3日間だけのお店に来て下さった。

人と人とのつながりで集められた商品を媒介にして、
始めて会った方は勿論の事、
訪ねてきてくれた友人達とも、普段はしない話を沢山した。

やっぱりお店は楽しい。

2012年8月7日火曜日

29

ここで日々、退屈な日々を綴っていても仕方ないので、
池田の阿波踊り期間中にイベントを行います。
 
 B.W.C. / betonworksの松江くんが
このブログに反応してくれたのがきっかけで、
じゃあ、何か出来るかなと思って動き出したら、
丁度、宮田醤油の宮田くん、スペースきせるの吉田さん、三芳菊の馬宮さん
という地域のコアメンバーに会えた事でトントン拍子に進んだ企画。

池田の阿波踊り期間にあわせ、昼から阿波踊り開始までの時間、
街を楽しんでもらえる様、色々な企画も同時開催予定。

何より、僕自身がすごく楽しみ。

2012年8月6日月曜日

28

母親から畑にミントが大量発生して困っていると嘆いていた。
何でも、数年前に淡路で買ってきた苗が大繁殖してしまい、
畑の端に捨てたら、知らない間に、その一帯へ広がったみたいだ。

夏でミントがあるんだったら迷わずモヒート!

 
神戸のバルストロを彷彿させる味に近づけるべく、試作を繰り返す日々。
で、当然の深酒。

2012年8月5日日曜日

27

徳島池田は、昔、宿場町だったそうで、
四国を回る問屋で賑わっていたそうだ。
昔は営業するのに何日もかかっていた為、
家族も同行する事も珍しく無かったから需要が大きかった様だ。

周辺地域の中でも特に栄えていた頃の池田には
酒造会社や醤油会社が幾つもあったそうだが、
その殆どが今はもう無くなってしまったのは時代というものか。


酒蔵「三芳菊」の存在を特に意識し始めたのは
東京に住んでいた友人に勧められた一本から。


一般的な日本酒好きがどう言うかはわからないが、
ぶどうの様な甘さをもつ日本酒を頂いた僕は、
周りに紹介したくてしかたがなくなった。

杜氏の馬宮さんに始めてお会いした時、話が非常に盛り上がったお陰で、
着ていらしたjimmy eat worldのツアーTに触れるのを忘れてしまったのも
三芳菊の面白さを感じさせる逸話だろう。

お勧めしたい一本は生酒なので、手に入れ辛いのが難点。
池田の中心部にある蔵で直接購入できるので、阿波踊りのついでに是非。

2012年8月3日金曜日

26

明けて、海。

太平洋が目の前に広がると、みんな走っていってしまった。

置いてけ堀をくってこんな写真を撮っているのは、
ビーチサンダルが破損して、とぼとぼ歩いていた為。
ところで、高知市周辺は海水浴場が少ない。
こんなに間近にあるのに、みんな海に入らないのかと思っていたら、
サーファーやら貝拾いだとおぼしきおっちゃんやらを散見。
成る程、地元ならではと納得すると共に羨ましくも感じた。
この感覚は高知を訪問する度にいつも味わう。
それはツーリズムであったり移住への大きな力だろうけど、
真似しようと思ってできるものではないと思う。

当たり前の日曜市を始め、昼の海鮮や牧野植物園、夜のひろめ市場などなど、
1泊ながら書こうと思えば枚挙にいとまがないので高知旅はこれでおしまい。

月に1回は行きたいけれど、なかなか難しい。

2012年8月2日木曜日

25

夜の2件目は、噂のBAR VALERIAN。
ひろめ市場の外側という激地元なロケーションにスマートな内装は、
背筋が伸びそうなものですが、そこは、高知。

ライブ感満載な街の呑み屋そのもの!
「近くにあったら迷わず毎日行く!」と即決の良い店。
居心地、最高です。


3・4・5件目は泥酔の為、省略。
つまり、高知は泊まらないと、勿体ない街だと実感したのです。

2012年8月1日水曜日

24

高知の夜の始まりは、地のものオンパレード!

「この時期にこの鰹!」という驚きから始まり、
プリップリッという言葉ではとても表現しきれない鯛、
そして、初物の川エビで痺れた。

僕の地元では、地のものを外で食べられる事は少ない。
観光客が多いかどうかが問題だという言い訳を良く聞くが、
今回、お邪魔したお店は地元の方に愛されているようだし、
そもそも、ツーリズムを意識したお店に旨いもの無し!
というのが個人的な意見。

翌日ぶらぶらした川と海の境目辺りでは、
川エビを採ってるおっちゃんが多かったから、
各家庭の食卓にも並ぶ季節のものなんだろう。

僕の地元と何が違うのかな。

2012年7月31日火曜日

23

ちょっと寄ってみようと降りた仁淀川。


















水切りしている少年とそれを追うテレビのカメラ。

8月26日(日)に行われる第九回仁淀川国際水切り大会に
先駆けて行われたイベントに迷い込んだ様で、
本格的なアスリート風のウエアを着た大人の姿も多い。
仲間の数人も急遽参加!で、暑さも忘れ盛り上がりまくり。
級を取得した人は認定バッジをTシャツに即、装着!


そして、ここから10時間に及ぶ呑み会が始まるのだから、高知は凄い。

2012年7月30日月曜日

22

川沿いの事務所にはトレーラーハウスを置いて、
横の畑ではBBQ用の野菜を育て、
奥のビニールハウス内に作ったスケートランプには地元の中学生が集まっていた。

刈谷農園は自分達が心地よい、地に足の着いた暮らしをしながら、
自分達の思い描く農作物作りに汗を流していた。

根菜専門なのだが、メインの一つは生姜。
事務所のある場所から軽トラックで10分少々、一気に山を駆け上がる。

遥か向こうの街まで見渡せる景観にはため息がでたが、
よくよく考えると日光を遮るものが無いので、
これからの作業の事を考え、もう一度、ため息がでた。



















ここはオーガニックの畑。

この生姜が成長するまでは、ALADDINブランドを。

2012年7月26日木曜日

21

今月頭、友人である大阪の写真家の号令のもと、有志が高知に集合。

スタート地点はSO-AN。


香り米でゴーヤチャンプル、ぬめろう、トムヤムクンなどを頂く。

初対面も多かった10人程度のグループだったので、
始めはぎこちない自己紹介から始まったものの、
恐ろしく居心地の良い空間に、かなり長居をしてしまった。
自然に飲み物を配る者、必死で喋る者、汗が止まらない者・・・
お店を出る頃には、それぞれの旅における役割が
何となく決まっていたのは必然か。

海か川に遊びに行って、ここ「SO-AN」で飯食って
のんびりしてから帰るという休日が思い浮かんだが、旅は始まったばかり。

この後は、とある農園へ。

2012年7月25日水曜日

20

香川にkitokurasがあるならば、徳島にはテーブル工房kikiがある、
という話は信頼している友達から聞いていた。
名前だけは前から知っていたけれど、その響きが好みで無かった
という単純な理由で、ずっと足が向かずにいた。

会える人、行くべき店には、無理をしなくても自然に辿り着ける、
と昔から思っていたのだが、やはり、仕事の関係で近くに行く事があり、
テーブル工房kikiさんに立ち寄れる機会ができた。

入店早々、その丁寧な仕事と美しい一枚板の数々に見入られ、
そして、きめ細やかなPOPに店内をゆっくりと3周くらいしてしまったので、
かなり変な客だと思われただろう。

面取りの丁寧な柔らかい印象の家具類が醸し出すやさしさは、
正直、僕の好みではなく、むしろ、小物に目を奪われるのは
天の邪鬼な性格だからからか。


檜と杉の小皿の美しさは実際に見て、手に取って頂きたい所だが、
見慣れた素材が質感とサイズ、フォルムを変えて身近にあるというのは
なんとも感じが良い。

木製の角度測定器も2種類購入。
試しに使ってみた所、iPhoneの角は8Rらしい。

この辺りの小物で好みのものがたくさんあったので、
始めから今度は買い物をするつもりで出かけたい。

2012年7月19日木曜日

19

山に囲まれていながら、意外と山に登っていく事は少ない。
勿論、そこには何も無いから、という真っ当な理由はあるのだが。

先日、仕事で用が出来たので、標高1000mの水の丸高原へ久々に行ったら、
まるで別世界で、分っていた事とはいえ、やっぱり驚いた。

 

この写真はまだまだ中間地点で、国道から30分いかない位。
でも、向かいの山より既に高い。

小さな頃、東祖谷の祖父祖母に預けられてたので、
山深い風景は僕の原体験にあって何とも言えない。
ブラジル人的感覚でいうと、これがサウダージなのかと思うけれど、
ここにボサノバは似合わない。 

風の音と鳥のさえずりが心地よいと言えば聞こえは良いが、
似合う音楽が無いというのは人の生活が見えないという事。

のどかでいいな、とは簡単には思えない。

2012年7月17日火曜日

18

近所に住む親戚は築100年の酒蔵を所有している。
中には、長年かけて集めた骨董がたんまり。

蔵自体をオープンさせるのは、3ヶ月に1回、金土日の3日間だけだけど、
骨董好きの常連さんは普段から電話で開けてもらうみたい。

伊万里やハレの日に使う食器なんかを求めるご年配の方々に混じって、
藍染めの古布や酒袋、農家の道具や漆がはげた木製の大皿などなど、
古いアメリカ家具を見る感覚で探すのが僕には面白い。

 

素泊まりが出来る棟を隣りに建てているのだが、
ラフティング目当ての観光客で賑わうこの時期はそちらの方が大忙しのようだ。

2012年7月14日土曜日

17

徳島とは言え、県西部にまで来ると「徳島ラーメン」は新参者なので、
県外で「おいしい徳島ラーメンってどこ?」なんて話になっても、
サーフィンやってる人達にフォローしてもらわないとしどろもどろ。

脇町には友達の岩田君が岩田家を出してくれているし、
山城町にはふく利の流れを汲むにし利があるので、
若い世代には慣れ親しんだ味なのかもしれないけれど、
僕にとっての徳島ラーメンは、「和歌山ラーメン、美味しい」と同じ感覚。

 
と、ここまでは「“徳島”ラーメン」の話。
僕にとって馴染みのラーメンは、と言えば、今は脇町の「くにおか」。

"今なら"と言ったのは、同じ脇町にあった「天竜」が個人的には最高だったから。
あの濃くても食後に喉が渇かない不思議なスープが懐かしいのだけれど、
親父さんが周りに何も伝えずにリタイア宣言してしまったから仕方ない。

2012年7月10日火曜日

16

池田町の宮田醤油の4代目、宮田くんは醤油屋としてはちょっとヘン。

現在、宿泊できる様に改装しているお店の2Fが、また、面白い。

人となりや作るものから連想すると、
古民家をクラフト感たっぷりにカワイイ方向に手を加えていそうなのだけれど、
実際の建物は、コンクリート主体で、大きなガラス窓がなんともモダンな佇まい。
醤油のケースを大きなローテーブルの足にしていたり、
和な古家具を真っ白にペイントしているのも、わざとらしく無く、
空間全体の抜け感は、朝起きるのが楽しみになる。

勿論、さすが4代も続いている醤油屋さんなので、本業もちゃんとしていて、
かずら橋が有名な祖谷のあたりはホテルからこちらの醤油を使われている事が多い。

 

お店の裏を見せてもらったら、こんな醤油樽が。

素材がFRPってのもモダンなスタイル故か、ニュースクール醤油屋って感じかな。

2012年7月5日木曜日

15

土々呂の滝に来たのはこれが2度目。

車なら家から30分かからないんだけど、
自殺の名所だと親に言われてからちょっと足が向かなくなっていた。
だけど、よくよく聞いてみると、それは戦前の話だそうだ。

久しぶりに行った土々呂の滝は、綺麗に整備されていた事よりも
平日なのにカップルが3組もいた事に、気後れしてしまった。
思い出の中にあるのとは全く違った風景。

 

あと、滝壺までバリアフリーになっている事にも驚いた。
個人的には柵ばかりの日本の名所は興ざめしてしまうので、良いと思うけど。

2012年7月3日火曜日

14

僕が子供の頃は、この辺りでは池田町が一番栄えていた。

四国のほぼ中心に位置する池田は、愛媛・高知・高松のどの県境にも
今なら30分くらいで到着してしまうという立地からも分る様に、
その昔、交通の要所として栄え、宿場町として機能していた上に、
たばこの産地でもあった事から経済も潤っていたそうだ。
やまびこ打線の池田高校野球部といったらピンと来る人もいると思う。

大型ドラッグストアなどの出店により、いつからかは定かではないが、
今は僕が住んでいる東みよし町の方がお金が動いている雰囲気がある。

ただ、新しい事をやろうとする若い人達に会うのは、池田が多い。

 

「スペースきせる」は、たまにしかオープンしないけど、
若い世代(とは言え30歳オーバー)が何かやろうという雰囲気で溢れている。

ワークショップとかマルシェとか、これからも、いろいろ企画がある様なので、
この辺で退屈にしている人は行ってみるといいと思う。

「町」ではなく「街」がこの辺りを中心にまた作れるかもしれない。

2012年6月30日土曜日

13

徳島の中西部には海が無いかわりに川がある。

吉野川。

昔は子供だけで出かけるなんてのは当たり前だったし、
何だったら、一人で行く事もあった。
中学校に入る前だったか、大阪から来ていた従兄弟とうちの家族とで
吉野川のいつも場所に行った時に、その従兄弟が溺れかけた。
流れの速い場所に行ってしまったとは言え、
運動神経が良いと思っていたそいつがどんどん流されて、
あわやという所を大人に助けられたのだ。
思った方向に進めず、パニックになってしまったのだろう。
一方の僕は、そんな事件には全く気付かず、
すぐ近くをのんびり泳いでいて、後で聞いて驚いた。 

そういう事があるとしばらく川に行く事を禁止されるので、
その夏は川遊びが出来なくてつまらなかった覚えがある。
当時から、学校からは川遊びを禁止されていた気もするので、
堂々と言える話ではないけれど。

小学生の頃は、泳ぐのではなく飛び込むのが楽しかった。

 

通称「高岩」に登っては飛び降りて、また登って飛び降りるを1日中繰り返すだけ。

久しぶりに行ってみたら、思っていたより高くてビックリした。
5mくらいはあると思う。

当時は、人の家に勝手に入って2階の瓦屋根から飛び降りるという
遊びもしていたけれど、親に話したら、どちらも全然知らなかったらしい。

自分に置き換えるまでもなく、そりゃあ、知ってたら止めるもんなあ。

2012年6月29日金曜日

12

関西で「どこ出身?」って聞かれて「徳島」っていうと、
決まって「俺も海に良く行くよ〜」って言われるのだが、
僕が生まれ育ったのは山と川に挟まれたド田舎出身なので、
サーフィン行こうと思ったら神戸のヒトと同じ位、時間がかかる。

夏場のラフティングとかずら橋は結構賑わっているのだけれど、
徳島の山間部って本当に見過ごされがち。
でも、そんな地味な所にも良いものがある。


例えば、美馬町のセルフうどん屋に入ったら、
一宇村の芋と手作りこんにゃくのおでんがさり気なく置かれていたりする。
こんなのをお店の中で見つけると、飛び上がりたくなる。
なんなら、これだけを食べにお店に入りたい位だ。
今日、同じ店に行ったら、普通のおでんの具になっていたから、
季節ものだったんだろう。残念。


山間部の外食産業には、地のものを食べさせてくれるお店が少ない。
地元の人間は、地のものは家で食べ、外ではチェーン店に行く。
マクドナルドやすき家に並ぶ車の列を見た時はショックだった。

数点で良いので、こういう気の利いたメニューを置いてくれる店があれば、
もう少し外食にも足が向くかもしれないけれど、余り需要はないのかなあ。

2012年6月23日土曜日

11

徳島の西部に住んでいる人のほとんどは地元で遊ばない。
遊ばないというか、遊ぶ場所がないから、
香川のSCや健康ランドに行くという話を良く耳にする。
まあ、自分としては、よっぽど用事がないと
SCも健康ランドも頭に浮かぶ事すらないので、
半日くらい時間が出来てしまうと、本当に退屈で仕方ない。

愛媛県までは車で30分くらいなのだが、
行くべき場所を知らないので今まで足が向かなかった。
高知も香川もちょくちょく出向いていて、
そろそろ愛媛も開拓しなくては、いよいよ退屈になってしまうと思い、
いろいろと調べてみたら、それほど遠く無い場所に別子銅山跡を見つけた。

大きな建物が建っていて、炭坑跡の洞窟内を見て回れる別子銅山跡は
肩すかしな定番遠足コース(健康ランド付き)って感じなのだが、
ちょっとビックリするのが、そこから車で25分の東平ゾーン。

 

不思議な空間で、1度で良いから行ってみたらと勧めたくなるので、
「東洋のマチュピチュ」という微妙なキャッチコピーも
的外れではないのかもしれないが、それにしてももう少し無いものだろうか。

途中から道がかなり細くなるのだが、僕が行ったのが祝日で、
時間制の一方通行にされ、別子銅山跡から1時間程かかったため、
ハイシーズンには注意が必要なのもお忘れなく。

2012年6月22日金曜日

10

お隣のうどん県に引っ張られる様に、
ここ数年で徳島の中西部地区にもセルフうどんが定着した。

元々、香川の名店「谷川米穀店」には山を越えれば車で30分程度。
徳島中西部の人気調味料「みまから」は
明らかに谷川のテーブルに常備されているアレなんだから、
文化的にも違和感が無いと言えば無い。

僕が個人的に徳島中西部さぬきうどん(?!)で1番だと思っているのが、
貞光町のゆうゆう館横を少し下ったセルフうどん。




宮武ファミリー系の天ぷらも食べられるハード系が楽しめる。 

ただ、この辺りは、関西と讃岐のうどん文化が入り交じっていて、
その要素を都合良く取り込んでしまった駄店も多いので、
詳しいヒトに聞いてお店を選ぶべきなんだけれど、
近隣住人に関しても、関西と讃岐の評価軸が入り交じっていて、
押すお店が全然違うから、門外漢はヤケドしやすい。

関西方面から讃岐うどんを食べに車で来る場合は、
美馬インターチェンジで降りて山頭トンネル超えるルートも有力だから、
高速を降りた辺りの徳島讃岐うどんの店に寄るのも面白いと思うのだけれど。

2012年6月21日木曜日

9

仏生山温泉しかり、「香川は楽しい」と思わされる理由の一つがこちら。

 

運営されている方がLabel Creators出身だという事を聞いて、
白雪ふきんのリブランディングが好きだったので、
初めて伺った時はかなり期待して行ったのだけれど、
その期待の遥かに上をいく空間で、「田舎だからこそ出来る事」という
ポジティブで力強い想像力と週末には子供の声が辺りに響き渡る
地域へのとけ込み具合に、やはり時間が出来ると出かけてしまう。

古いカーナビでも、母体である「山一木材」を検索すれば直ぐ見つかるので安心。

2012年6月19日火曜日

8

退屈な僕の四国徳島生活だが、香川の仏生山温泉は別。

 

文庫本を持込んで、露天風呂でつまみ読みするから、いつも1人。
これからの季節は低温の露天が最高だろうな。

入り口から風呂まで続く畳敷きのスペースがまた気持ち良い。
ここで一服したいから長風呂するという、良いルーティン。

毎日でも通いたい位だけど、車で1時間ちょっとかかるので、
なかなか行けないので、僕も近くで温泉掘り当てようかな。
(お父さんが温泉を掘り当てた事を期に帰郷した元みかん組の方が作ったそうです。)

2012年6月18日月曜日

7

今夜も家の外でパソコンを触っている。
昼間はかなり暑くなってきたけれど、台風の影響もあってか、
ぐっと気温が下がってくれたので、本当に過ごし易い。

先日も書いた通り、徳島に居ると車ばかりだけど、
街中にいれば、この季節くらいまではスケートで移動するのが気持ち良い。

近く(とは言え、車で8分位)に小さなパークはあるけれど、
ガシガシとトリック決める事は出来ないので、
たまに遊びにいっても気後れしてしまう。

ある日、堤防沿いに、何とも気持ちの良いスロープから続く
緩やかな坂道になった直線を見つけた。



そう、こんな雰囲気が似合いそう。

それにしても、JASON LEEと息子さんの雰囲気が堪らない。

2012年6月17日日曜日

6

踊る阿呆でも見る阿呆でもないけれど、阿波踊りは好き。

学生時代は「日本のラブパレードだ!」みたいなはしゃぎ方をしていたけど、
阿波踊り終わりで帰れなくなって入ったクラブでは、
スピーカーから出るベース音が物足りなく感じてしまったのだから
あながち間違いではないと今でも思っている。

街が揺れて、下腹にグイグイくる感じ。


あの久保田麻琴さんが「ぞめき」というCDをリリースする程だから、
僕如きがとやかく言うのも滑稽だと思うけど。

因に、今まで話しているのは徳島市の阿波踊りで、
近くの池田町の阿波踊りには子供の頃以来、行った記憶が無かった。

そんな所に友人から、昨年、久保田さんがお盆の池田町に来られ、
阿波踊りを非常に楽しまれていたという話を聞いたので、
ミーハーな僕は気になってしょうがない。

「街全体で阿波踊りをしている雰囲気」と評されていたと聞いた。

とりあえず、今日はharry & mac のRoad to LouisianaをBGMに出かけよう。
梅雨の合間の晴天が気持ち良い一日。

2012年6月16日土曜日

5

こちらの友人によると「徳島はクラウンとプリウスしか走っていない」との事。
来徳経験のある方から「いや、軽自動車が一番多くない?」
 という突っ込みが聴こえてきそうだが、友達に代わって言わせてもらえば、
 「徳島県民にとって、軽自動車はカバンみたいなもんやからノーカウント」。

これ、あながちハズレな訳では無く、
徳島は糖尿病死亡率がぶっちぎりのワースト1で、
その原因の一つが車への依存、極端に言うと、
車に乗らないと醤油や砂糖さえ買いに行かないという事らしい。

確かに、実家からだと徒歩で30分歩いても自動販売機しかないな。

2012年6月15日金曜日

4

6月になると鮎漁が解禁され、食卓にも並び始める。
近所の人が漁に出て、売るには小さい物をどっさりと分けてくれるからだ。

小学生の頃は、知らないおっちゃんが「お父ちゃんかお母ちゃんに渡しといて」
と名乗らずに発砲スチロールを置いていく事が多々あったが、
僕が何も言わなくても「ああ、○○さん、鮎漁いっとったんや」
と母親なんかは一人で納得していたものだ。
因に、秋には松茸で同じ様な事が起こる。

先日、池田町のきせるにお邪魔した時に食べさせてもらったのは、
鮎料理の中でも、ちょっと面白い一品。

 

小さな鮎は唐揚げにする事で、丸ごと骨まで食べられて美味しいのは勿論、
この右上にある「たで酢」というのが美味しかった。
あの、「蓼食う虫も好きずき」のタデである。

持ってきてくれた方は、家の直ぐ下で鮎が採れると言っていたので、
夜になると、川の音が一段と大きく聞こえるのだろう。
うるさくて寝られないと言う人も居るみたいだけど、
僕はあの音を聞くと落ち着くので、すごく好きだ。

2012年6月14日木曜日

3

先日、家族に来客があったので、外でバーベキュー。

その流れで、その日は寝る為に部屋に入るまで、ずっと外。
敷地がそこそこあって、周りからの視線も気にならないのが田舎で、
何だったら、そこしか良い所が無い位。
日本家屋は建坪の割に各部屋が窮屈なのでね。

ここ最近は、食事するのも本読むのもお酒呑むのも、
テレビ見るのも(液晶の小さいヤツだから、片手で外に移動!)、
帰ってから寝るまでの殆どは外で過ごす様にしている。

Juniper RidgeのWhite Sage スマッジスティック

そこには、先日買ったホワイトセージが何だかしっくりくる。
お香の強い匂いとは全く違う。

体や空間のエネルギーを浄化できるとインディアンが好んで使っていたそうだが、
ゆっくりと火をつけ煙と香りを浴びる時間は、昔、たき火をしていた時を思い出す。

今はこの辺りでも、外で火をおこすと、すぐ警察が来ちゃったりするけど、
僕が子供の頃は、畑のすみでゴミを良く焼いていた。
多分、3mくらいは火が高く上がっていたと思うけど、
火を操っている感覚が何とも好きだったのを覚えている。

今考えてみると、あの頃も子供がゴミ焼くのはダメな事だったんだろうけど。