徳島は藍の国だけれど、藍染めの国とは、ちょっと違う。
色々な所で誤解されている点だと思う。
勿論、日本最大の藍産地であった事は間違いないが、
藍を育て、すくもにして出荷するまでが徳島の大きな役割だった。
侍のよろい下から国鉄駅員のユニフォーム、はたまた大島紬まで、
時代を問わず、染料としての藍産地だったのだ。
全国に藍作りが広まる過程で、徳島の藍は高品質化を目指し、
1895年の記録では、他の日本の藍と比べて、
約3倍という高値で取引されながら、
全国の1/4という大きなシェアを誇っていた。
同時期に、安価なインド藍が輸入され始め、
国内の藍産業が陰り始めたのを見た徳島の藍商人は、
商売の多角化へ活路を見出し、乗り切ろうとしたが、
20世紀の頭に登場した藍の科学染料により、
壊滅的な打撃を受け、現在、すくも生産を行っているのは
ほんの僅かな方達だけになってしまった。
インド藍が入ってきた直後が、最大の収穫量を記録していたり、
財力を銀行や電気、鉄道などの産業に展開し、多角経営に乗り出し、
その後、行き詰まっていった様子は、正にバブルを思わせる。
産業の礎を築いた代わりに文化を失ったという2面性は、
様々な見方ができるし、功罪を問うのが困難だ。
ただし、現在でも藍作りが行われている、
数少ない地域である事は間違いなく、
伝統工芸の道を進んでいる事は疑う余地がないので、
その点に関しては、考える余地はあるのではないか。
個人的には、近年の藍を使用した高級な紬を買うくらいなら、
大正期の藍染古布を探す方が楽しいし、生活に使い易い反面、
生産効率と競合を考えると、一般の市場を無視した高級路線
に進んでいる現状も理にかなった考え方だと思う。
ともかく、広く使える物か、選ばれた人に向けた物か、
どちらか決めて、アクセルを踏み込まないと
藍産業の自然消滅が、本当に目の前まで迫っている。